ナメたらアカンぞ

 中学1年のとき、オレはたった1学期間、区立の中学校に在籍していたことがある。そのときのオレのクラスに、とんでもない悪ガキがいた。体はたいして大きくもないのだが、とにかく粗暴で、弱いものにはやたら暴力をふるう。
 そいつの席は、オレのちょうど真後ろだった。授業中、順番に質問を当てられていくようなとき、そいつは当然答えられないことが多いから、前にすわっているオレに、前もって答えを聞いておかなければならない。
 人にものを尋ねるのだから、丁寧に頼むのかというと、そうではない。「オイ、竹下、教えろ」と言いながら、思いっきり平手で背中を叩く。それが痛いのなんの。授業中のことなので、最初のうちは、オレも我慢していた。ところが、だんだんエスカレートしてきて、平手ではなく、こぶしで叩くようになった。
 肩甲骨の下の部分だから、肺に直接打撃を受ける。我慢していたら、ダメだ。ついにオレも切れた。ある日、休み時間中に、そいつを廊下に連れ出して、いきなり組みつき、体落としでぶん投げてやった。突然のことなので、ヤツは受け身も取れず、もろに後頭部を床にぶつけた。体勢を整えて逆襲してくるかと思ったら、そいつはあっけなく戦意を失った。
 それ以降、その男はオレに対してはネコのようにおとなしくなった。オレはそのころ、講道館で柔道を習っていた。そのことはクラスの誰も知らなかった。小さくておとなしい少年だから、格好のイジメの対象と思われたわけだ。
 その後、オレが他の中学に転校して、2年くらいたったとき、家の近所で偶然その男と出会った。そいつは、予想どおり、いっぱしの不良になっていた。子分を引き連れて、与太っていた。父親はそのスジのもので、テキヤ(大道商人)だったとあとで聞かされた。
 オレだと知ると、こう言った。
 「おう、なんだ竹下か。しばらくだな。ガン飛ばしてるヤツがいるから殴ってやろうかと思ったぜ」
 オレは一瞬身構えたが、それには及ばなかった。投げ飛ばされたことがトラウマになっているのだろう。子分がいても、ヤツはもうオレには頭が上がらないのだ。そのままオレの前を通り過ぎていった。
 オレは、イジメの原因の99%はいじめる側にあると思う。しかし、残る1%は、いじめられる側にもある。たった一度でいいから、相手のスキをついてガツッと反撃すればいいのだ。相手が180p、100sの大男であっても、小指を握られて反対に曲げられたら、悲鳴を上げて飛び上がり、小学生にでも降参してしまう。
 国と国との関係も同じだ。ナメられたらおしまい。低姿勢だけでは通用しない。悪ガキのように、相手の国益の侵害をエスカレートさせていく。ふだんはおとなしいけど、この国の国民を怒らせたら怖いぞということだけは、絶対に教えておかなければね。
 

国も人も、おとなしけりゃいいというもんじゃない

ミッチャンのエセエッセー                    by 竹下光彦

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